俳優や裏方に疎い人の所感

刀ミュ他2.5をのんびり追っかけてる人のただの感情

刀ミュ 双騎出陣一部髭切膝丸の演技という要素

私が双騎のどこから刀剣男士髭切・膝丸の演技らしさを感じるかディレイを見ながら考えた。二部MCでの説明はモロなのでここでは取り扱いません。

ちなみに曽我物語に関しては下の方が大変わかりやすいツイートをしていらっしゃるので情報整理にもお役立ちだと思います。十郎五郎とか。

 

 

冒頭瞽女の唄

何故瞽女

スマボの記事から。それでなくても瞼開けても晦(つごもり) 闇で盲目の女性であることから推測されます。晦は月の光が全く見えない事を意味しています。そして瞽女は以前にも書きましたが唄を歌ったりする女の芸人のことです。

そこにおられたのですね何年も何百年も~語りましょう唄いましょうそなた達の物語を

物が語る故物語と続くので刀剣男士である2人を指していると思いますが、この瞽女自身のことを指しているダブルミーニングの可能性もあります。瞽女瞽女ではなくなんらかの書物の付喪神瞽女の姿をしているという解釈。

後の世のまた後の世まで彼らとともに語り継ぐそれがわたくしの役割でございますということで、最初の「そなた達」と「彼ら」が髭切と膝丸を指しているだろうと察せられます。

語るべきはこの2人 語り継ぐは曽我物語

刀剣の名前で関連しているのが髭切と膝丸なので逸話語りの役割を担うのは他にない。ということかなと思います。髭切がどこまで友切の逸話をカバーしているか現状では不明なので下手に言及しないことでどうとでも取れるようにしているのかな?

つはものを受けて言うと髭切が頼朝の下になかった歴史もあるというのでその曖昧さがある意味2人にとって必要な曖昧さなのかもしれない。頼朝の下になくて時致の手にあった可能性も充分あるというわけですね。

諸行無常つはものどもが夢の跡

2人の出陣したつはものどもがゆめのあとにと被せてるのかなと。この俳句自体は松尾芭蕉が平泉で詠んだ平泉での戦いに思いを馳せたもので源氏向けの一句。でも唄の中では平氏が滅びて源氏の世になるという流れで使っていてどちらかというと平氏向けの使用。本来の句の意味で考えるとおや?となるけれど『つはもの~』に被せているならサプライズ的な使用の範囲になりそう。

タイトルが作品の部隊長がつけてる説もありますから今剣へのサプライズ的な。

 

お芝居の中から

お経のソーラン節

これはもう完全に東軍の血が騒いでる膝丸ですね。気持ちはわかるよ。審神者も合いの手入れちゃうもん。お祭楽しかったんだね。というか瞽女(姿七変化)もお祭見てたの?此岸と彼岸の境目が曖昧になるからしょうがないね。

ここアドリブじゃなくて毎回必ず入っていたようなので制作側が意図して筥王ではないよと認識させるためだったのかな。

筥王の呼称変化

兄上→兄者。この呼称変化別にそうする必要ないのに敢えて呼び方を変えたの膝丸の好みとしか思えなかった笑

だって義経公は頼朝のことを兄上って普通に呼んでいたんだから時致が兄上と呼んでおかしいところはないんですよね。膝丸がなんかもう兄者って呼びたいぞ!って気持ちが抑えられなくて元服したタイミングで呼び方変えたのかな。

膝丸の受領

これ自体はそんなに重視してなくて曽我物語を演じる(ミュ本丸がという意味)上での演出の一種だと思ってるんですけれど、刀ミュ本丸がつはもので歴史の中での自分の曖昧さに不安になっていた膝丸に対しての気遣いのようにも思えます。

この逸話にお前がいたことを自信持って!そして他の審神者もそういう逸話を持っている太刀だと知ってあげて!みたいな気遣い。審神者Pやさしい。

逸話の補強もいいけれどここは単純にやさしさと見るとほっこりする。

曽我兄弟の仇討ちと2人の死

そもそも主体となっているのが兄弟の絆なので、髭切と膝丸による人間の兄弟ならこうだったらしあわせだろうという考えで演じられたように思える結末なんですよね。本来2人は一緒に死なないわけですし。

若干今剣への忖度を感じる。今剣兄弟の話に弱いから。

折角仇討ちを成したのに別々に死ぬ兄弟可哀想みたいな、人間の心への理解も感じる。でも2人は刀剣なので兄弟が揃って母親の下に生きて帰る改変よりも兄弟が揃って命果てる改変にしたのかな?となりますね。戦いを厭わない戦闘狂寄りな髭切と膝丸だから……。

残されたものに許されるのは~令和の世で

結び。令和の時代に曽我物語を広めたいという狙いがあったのは瞽女か。はたまた審神者Pか。2205年だと曽我物語が認知度激烈に低くなっているから令和で髭切膝丸と曽我物語の逸話を結びつけて抱き込ませたかった?

狙いはさておきこの曽我物語は髭切と膝丸と瞽女によって観客である【我々】に見せるためのものだったというのはわかる。観客は舞台を外から見る傍観者ではなく舞台を観るという役割を任せられた当事者の1人だったという解釈です。メタっぽいですねちょっと。

 

ちょっと番外

二部の双つの軌跡 双騎出陣Verの歌詞も双騎出陣だからこそって感じがあります。

一部での曽我物語を演じたことを踏まえての歌詞とも思えるんですよね。

曽我物語自体が歴史上の出来事をベースに数種類の派生パターンがあるのが面白いですよね。今回の一部では膝丸を受領するパターンで演出されていましたがもしかしたら再演では変わるかもしれないしそうじゃないかもしれない。でも髭切と膝丸が出会いと別れを繰り返して兄弟になった事実は変わらないんだよね。

新規歌詞

別れた道 何度別れても

引き寄せられて交わる 集う

時が訪れた

(既存部分略)

弥久を彷徨い

辿り着いたのは

あなたの隣

対なるもの 幾度巡れば出逢える

満ちては欠ける片割れ

月の光と闇

分かれた道 何度別れても

引き寄せられて交わる 集う

時は今

 

刀剣乱舞

たわやかに白妙の鬼神が如く

墨染めの剛毅 渾身一撃断つはあやかしか

悠久の時を越えて

交わる刃 放つは閃き

 

我が使命果たすがために磨き上げしこの技

万古不易の剣 活殺自在さ さあ行くよ

ばんこふえき→いつまでもかわらないこと。またそのさま。兄者にぴったりな言葉ですね。